柴田犬の頭の中@ぎふ

アートど素人がメディアアートを学べる岐阜県大垣市にある大学院に入学し、変わった人生を歩む奮闘記です。

中間発表前の想い

焦る想いを押し殺して周りなど気にせず自分が歩もうとしてる道を信じて時間関係なく行こうとなぜか悟った柴田犬。

 

赤松さんは連絡するたびに作品もどきはつくらないでと言う。

自分自身が周りはプロポーザルシートに理解はできないけれど調べて考えた背景・概要を体裁を整えて並べてある。それを見て自分がたいそう遅れていることを理解する。

 

展示で作品の習作を並べてFBをもらえるような段階にすらいない。

構想発表よりも年次のような感覚で今回臨む自分にとっては当たって砕けろという精神で立ち向かおうと思うしそれしかないのだ。本当にこの大学院は辛いけど駄作をつくって体裁を整えて卒業するために僕は来たわけではない。今後の将来で自分自身が寝る間も惜しんで探求に没頭し続けられる何かを見つけるために来たのだ。他の人とか本当に関係ない自分の戦いだ。

 

昨日のんちゃんと話してビジネスは近道をつくるための手段だと。

近道だけではつまらないから遠回りするからこそ人間的豊かさが生まれるのだと。赤松さんと話しても誰の利益にもならなくてもいい。誰かを満足させるとかどうでもいいから自分が心の底からつくりたいと思い続けられることをして欲しいと。

 

作品をつくる作品が生まれる近道なんてない。

赤松さんから共有されたクリスチャン・ボルタンスキーの言葉が刺さる

『よいアーティストになるために必要なのは、勤勉ではなく。美術学校で学んでもそれが役に立つわけでもない。アーティストにとって重要なことは”待つこと”なのです。ここでも内面的な考察が大事なのです』

 

bijutsutecho.com

 

今後の課題は

内面的な考察と

なんで100個の課題ができないのかを解決していくこと

 

これができない限り何も始まらない。

 

それにしても100個の課題ができないのはなんでなんだろう。

やはり作品を意識してしまうから?自分の衝動に気づけてない?

自分が好きだと思ってる旅ですら辛いと感じてしまったり、心の底から楽しめないような現象が起きていたのは確かだ。

目的がなかった自由な旅に目的が生まれた時点で今までとは違うものになってしまうのか。

 

そもそも旅が僕のアイデンティティではなかった?旅を自分から取ったら何も残らないはずだ。

旅を重ねて旅がいつでも自分の人生の舵を切る原動力となる瞬間に導いてくれたはずだ。ベトナムに行かなかったら国際交流に目覚めていなかった。

ヒッチハイクをしていなかったら日本はこんなにも捨てたものではないと気づかなかったし、受けた恩を他の人に返したいと強く思わなかった。

タイや台湾に友達に会いに行かなかったら地元山形でいろんな旅人をおもてなしして大好きな山形の魅力を伝えたいと思わなかったはずだ。

カンボジアに行ったからこそ舞さんと会えて人をこんなにも笑顔にしたいって思えたし、それができるのはアートやエンタメだと道を決めた。

この大学院に来たからこそ今まで自分よりも他者に向いていたベクトルが自分に向いて自分が信じて片時も忘れられないものだからこそ人に響くんだと思うようになったし、それを現在探し続けている。

 

旅の移動中にする行為というよりは旅先で何をするかが大事だと。ヒッチハイクはその土地に入り込むのにいい手段だと改めて感じた。

特に割と目的があればそれを助けてくれる人もいるしアドバイスしてくれる人もいる。

だからこそ旅自体が直接的に作品にならなければいいのだろうか。

でも、ヒッチハイクだけだと表面的な話が続くから疲れたりもする。その都度その都度以前からの友人に会ってしっかり語って聞いてを繰り返すことが大事なんだろう。

今は別に観光がしたいわけでもなく。日本全国にホームをつくりたいわけでもない。ただただ無闇に移動し続けたいわけでもない。

人知れず歩き続けたり自転車漕いだりキャンプしたりしたいわけでもない。

知らない人同士を繋げたいわけでもなく、ただ自分一人が空に近づきたいわけでもない。

子供達の遊具や遊びを考えたいわけでもない。

 

それでは何がしたいかと言われたら一言で言うと

概念的には

『ロマンを生み出したいんだろう』

空に何かが架かってることへのロマン、過酷な旅をやり遂げるロマン

普通じゃ行けないところに行くロマン、素敵な人と一緒に豊かな時間を過ごすロマン

伝説とか空想上のものがリアルに感じるロマンなどなど

 

行動的には

『不可能なことに挑戦すること』『時間や存在を表現できるもの』『人や都市に介入できる手段』

 

Facebookであれだけ宣言していた

「人々や都市の常識からの解放であり、タブーに立ち向かうことを変わったコミュニケーション装置を通して野外で不特定の人たちの関係性を紡ぐことで表現したい」

と言っておきながら1ヶ月でこんなに変わるものか笑

 

ロマンを感じる行為ってなんだろうか?

 

旅先で神話を探るとか、新しく神話をつくるとか、新たな物語を紡いでその中を旅するとか、

長時間露光で出会った人とボールかフープか分からないけど投げ合ってそこで生まれた軌跡を撮るとか、

みんなで一つの作品をつくるとか

日本縦断

宇宙に行く

宝を見つける

伝説的なものに出会う

美女と絶景を見る

天下統一

とか

もっといっぱいあるはずだけど

 

ロマン=意味や実用性は皆無で非合理的に思える、だけどかっこいいこと。夢と冒険に満ちていること。

一見不可能だと感じてしまうようなことに憧れを感じてしまうんだろう。

 

今の僕は誰かの作品から感化されたものでしか物事を考えられない。

 

それでも僕の中で大事にしたいのは

それは完全にオリジナリティがあるのか?

体験した人が楽しめるのか?

アートとして成立しているか?

卒業後もやり続けたい活動か?

自信持って人に言えるか?

 

この5つだと考えている。

これを超えられないとこの大学院に来た意味はないしただただメンタルがすり減って、自分らしさがなくなっていってしまう。ある意味ギャンブルみたいなものだな。

 

中間発表では構想発表後の変化を述べるとともに、

現状どういう状況でどういう現象・体験に興味があるかを伝えてそれについて議論する。これから展示を考える。

 

 

<今日の一枚>

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覗く先に

 

 

旅に出ても帰ってきても悩み続ける

天橋立に向かう旅から帰ってきた柴田犬。

 

170Km歩いて天橋立に向かう予定が両足の豆がひどすぎて二日目の後半から

結局伝家の宝刀であるヒッチハイクをした。1日目が本当に辛すぎて予想以上に誰からも声かけられなかったし、予想以上にバックパックが重くて足も肩もえぐられるように痛かったし、汗はめちゃめちゃかいて水分にお金が飛んでいった。車に乗ってる人には変な目で見られ応援してくれる人なんて誰もいないと感じてしまった。誰とも接点が生まれない旅でひどく寂しくなって泣きたくもなった。腕を舐めればしょっぱくてなんか惨めな気持ちになりながら、夜な夜な歩き続けて高校生に驚かれ、会社員には不審な目で見られて、テントの中で動物や風の音に怯えた1日目だった。正直過酷すぎてただの修行だった。あれだけ車ですぐ行ける10Kmという距離が1Kmという距離がこんなにも遠いのかましてや170Kmこの調子で歩き続けたら肉体的にも精神的にも死ぬなと思った。シヨンさんがいつも言ってた『楽しいと思うことだけした方がいい』という言葉に反することをしてるなとつくづく思った1日目。

 

2日目は午前中までは非常に灼熱で暑いわ足は痛いわで苦しかった。昨日の改善として日本縦断してないけど日本縦断中とスケッチブックに書いて移動してたらほんの一握りでも反応してくれる人がいて嬉しかった。クラクションを鳴らして手を振ってくれるトラック。測量して何してるの?と声をかけてくれたおじさん達。人の一言が自分の存在を肯定してくれるようなそんな感じがした。最近ハマってるWaving through a windowの歌詞の一つにある『When you're falling in a forest and there's nobody around
Do you ever really crash or even make a sound(周りに誰もいない森の中で木が倒れたら音はするのか)』という言葉がある。それと同じ現象だと思っている。人知れず歩いていてももがいていてもそれはもがいているのにも関わらず人には存在してると認識されてないような感覚。言葉にうまくできないけど周りに人がいてもそのような感覚になる。そんな感覚になってる人ってたくさんいるんだろうなって。ヒッチハイクしてまともに人と話す。人と話してることが生きていると実感する。乗せてくれた人とはたわいも無い話をすることが多いけどいろんな人に支えられてる感じがするし、逆に小浜の森下さんのようにご飯も奢ってもらって千円もいただいたり至れり尽くせりのことをしてもらうと自分はこれでいいのかと感じてしまう。人はわがままだ。以前ヒッチハイクをしていろんな人から車で乗せてもらってご飯までご馳走になってお金もらったり泊めてもらったりお世話になって今度は人に恩返しする版だと意気込み活動してきたからこそヒッチハイクをするのではなく僕が人を乗せたいとずっと思っていたし、もうこんなにお世話になるのはやめようと自立したいと思っていたしいる。だからこそ自分が心から楽しいと思えてるのかすごく謎だった。

 

それが特に3日目に来た。それを書く前に紀行作家を目指してるおじさんとの出会いはよかった。丹後地方が神話や逸話がたくさんあることを教えてくれた。今の表日本である太平洋側が昔は裏日本で日本といえば日本海側のことを指していたそう。日本人の原点が丹後地方にあるというそれを探りながら作品制作したらどうかと。ただ出会った人と橋をつなぐのは広すぎてもっと絞った方がいいと。それは間違いないなと感じた時間だった。その後可愛らしいおばさんにお世話になって今回初めての女性の車だったな。柳川さんと出会って丹後交通の加藤さんや梅本さんに繋げてもらい優待券で普通何千円もするはずの観光船やリフト券をいただいただけでなくお昼もご馳走してもらった。何不自由なく天橋立を満喫させていただいた。でも、プロポーザルに何も書けることがないなと感じた。結局自分は歩くのも1日半だけだったし全てがやっぱり中途半端なんだと旅中にしたいことで100個いくんだろうなと思っていたけど結局50個ぐらいしかいかないし自分のアイデンティティである旅でもダメだったかと。このままだと作品もできないし卒業もできないじゃないかと。天橋立が夕日で照らされて美しいはずなのに嫌なことばかりが頭に浮かんで自転車を漕ぎ続けていないと頭がどうにかなりそうでずっと1時間以上自転車を漕ぎ続けていた。ご飯食べたら少しは落ち着いたけど、このまま結局何もつくれなかったら?結局表現したいことが自分になかったら?と思うとすごく不安でしかないし自分はこれだと感動することが少なくなってきているような自分ばかりを責めたくなる。正直長時間露光という現象の面白さは大いにあるけど佐藤さんの作品のような引力やインパクトは僕の撮影したものにない。だからこそ見た目もコンセプトもまだまだすぎて本当に作品になるのかさっぱり検討つかなくて途方に暮れた夜だった。結果プロポーザルをまだ書きたくないと延期してもらって今に至る。

 

4日目は丹後歴史を知るために資料館に行ったが呆れた。お目当ての伝説や逸話のコーナーが本当にちょっとしかなかったし、物語を旅する高橋大輔さんは憧れるけども彼のように一つの謎をとことん追い求めることはできないだろうししたいとまず思うのだろうか?やってみないと分からないことだとは思うけれども。でも、神話や逸話にまつわる場所に行くとリアルとフィクションが混合してよく分からないロマンを感じるのは間違いない。恐ろしいほどの感動と楽しさを追い求めてしまう僕はどうしたらいいんだろうか。人と同じことをしたくない僕は高橋大輔さんのように物語をヒッチハイクで旅しながら各地でフランシス・アリスのように多くの人が一体感を持って都市や問題を詩的にあぶり出すように長時間露光を使って架空の何かを佐藤さんのように撮影していくことが今の僕のやりたいことには近いのだろう。それは間違いない。でも簡単に神は答えを示してくれない。星さんが芸術系のところに進学すると言ったときにしんどいと思うよと言ってたことがひどく染みる。本当に辛い。メンタル面でのヨットスクールだよね。やっぱり。

 

結果的に今回の旅で感じたのは、『旅中にしたいこと』をテーマにしてそれでも100個できなかったのはなんでだろう。旅中でしたいことっていうのは前にやってることが多くてそれ以外に新しくやったのは橋を持っていって写真を撮ることとその土地の歴史を探ること以外していない。旅=ただ他の移動手段よりも辛いけど楽しいもので、その土地の人との接点になるものとしての認識が非常に大きいのかもしれない。だからこそ旅よりもやはり旅先で何をするかというしっかりとした目標がないと何も派生しないなとこの一年間コンセプトという名の地獄に揉まれ続けるのだな。でも、表現を諦めたいとは微塵も思わないのが不思議だ。だってそれしか無いって直感でわかるんだもの。この選択はいつも正しいって。だからこそプロポーザル今から書いてやるぞ。

 

<今日の一枚>

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伊根の舟屋

 

天橋立に旅立つ前の想い

天橋立に向けて旅立つ柴田犬。

 

いろいろ撮影用やつくった橋を持っていく予定だからCanyoumakeit並みにキツイ旅になりそう。鏡の実験がうまくいかなかった場合赤松さんからバッテリーを借りなきゃいけないからさらにしんどくなる。

 

でも今回のこの旅で何かしらを見つけて帰ってくる。天橋立の神話に惹かれずっと行きたいと思っていたからこの機会に歩いて行こうと思っている。その間にいろんなことを実行してこようと思う。

赤松さんとの面談で今やってることは作品を考えることではなく作品のタネになる自分の衝動を見つけることだと。決して作品を考えろといってるわけではないのだ。1週間目に『空に近く行為』をやって自分は旅をしながら橋をかけたいという衝動に変わって2週目は幼馴染の結婚式がありほとんど進捗ないまま結局100個はできなかった。いつもこの行為面白いからこんな作品できそうとかこんな行為しても作品にならなそうって意識しすぎてて手が完全に止まってしまう。だからこそ100に届かない。赤松さんは言う100に届かないということはそのテーマが自分に合ってないものだと。合ってるテーマだととめどなく溢れてくるはずだ。自転車がテーマなら赤松さんはすぐできると言う。

 

今回の100だしは考えて想像するだけでなく実際に行動して体験して感じたものの中からやっぱりこれだなと感じるものを見つけて欲しいということ。

 

赤松さんがマトリックスのモーフィアスの

道を知っていることと、実際にその道を歩くことは、別物だ

という言葉を伝えてくれた。それは正にその通りだし僕自身が非常に感じてることのはずで後輩に伝えてることなのに自分自身ができてなかった。

 

これだ!っていうものを見つけない限りアイディアを言うべきはないし、中間でも適当な作品アイディアを提示する必要はない。今回はボコボコにされたとしても審査までにいい作品をつくればいいのだから。赤松さんは一切諦めてないし、僕も諦めてはない。

中間が近づいて焦って焦るだろうけどこの課題をこなそうとするだけでなくしっかりどういう意味があってやる。橋をかけるという行為自体楽しいと思ってないのにそれをやろうと思ってる自体危ないなと話をしていて感じたことでもあった。

 

どうやったら100個出せて行動に移せるのか。まずやりたいことをリストアップしてそこからやっていくうちにこれもやってみたいとなるはずだからまずリストアップしてみた。

 

旅中にやりたいこと

1. ハンモック
2. 橋持ってもらう
3. テント生活
4. 人の家に泊まる
5. 長時間露光
6. 夜通し歩き続ける
7. そのつどの思いをツイート
8. 自炊
9. お金使わない
10. 旗をつけて歩く
11. 可愛い子と話す
12. いい風景に出会う
13. 奢ってもらう
14. その土地のものを食べる
15. 動画を撮り続ける
16. コマ撮りアニメーション
17. 天橋立に行く
18. 股のぞきする
19. 重たい荷物を持つ
20. チェアリングする
21. 本を読む
22. 胴上げする?
23. 焚き火
24. 地元の人と仲良くなる
25. 帰る場所を見つける
26. 出会った人の祈りとか希望を聞く
27. 自分じゃなくてキャラクターがコマ撮りで旅する
28. わらしべ長者
29. 黒板持ちながら
30. 地元の人と飲む
31. 風景を写真撮る
32. 人を写真撮る
33. ハグする

34. 天橋立の歴史資料を見る

35. 元伊勢・籠神社にいく

36. 股のぞき発祥の地「傘松公園」に行く

37. 天橋立をサイクリング

38. 天女伝説を探る

39. 地図見ないで行く
40. 昔の地図を見ながら行く
41. 影を撮影

 

現状41個リストがあってそれをやりながら一つのリストをもう一つ以上の何かに派生させれば100個いくのだからポジティブに考えよう。

 早くNDフィルターとサクランボが届くのを待ちたい。

 

そういえば、昨日のおおの温泉最高だった。外で裸になってそよ風と陽の光に撫でられながら昼寝するほど気持ちのいいことはない。温泉で気持ちのいいのはあったまることと合法的に裸になれることだなと改めて思う。

 

そして、フルーツバスケットを見て恋や愛の始まりはいつだって『今すぐにでも会いたい』っていう感情だったなと思い出した。そういう感情を大切にしていきたい。

 

<作品の一枚>

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空と空の間

 

人と話すのは本当に大事

100個行動地獄から抜け出せない柴田犬。

 

赤松さんが主査になって2週間が経とうとしている。

最初で最大の課題なのか分からないが研究に繋がる100個の行動のうち70個しか終わってない。でもそんな中でも少しづつは進んでいるように感じているしいろんな人に支えられて苦しくて何もしたくない日も大いにあるけれど笑

 

日本を縦断して架空の橋を架けて、最終的にその橋を空に立てていろんな人の想いを天に届ける作品の構想をしてからというもの、いろんな人にその構想を話して色々アイディアをいただけて嬉しい。特にのんちゃんは自分のことを理解して色々提案して動いてくれる。『絶対バポちゃんはプログラミング使わないで汗水垂らして泥臭くやった方がいいって。プログラミングはなんでもできちゃうからこそつまらないんだ。』そう言ってくれた時すごくその通りだなと思ったし、徹底的にアナログで実現するという行為こそ自分が求めていきたい世界観だなと思う。

 

早川さんもお世辞かもしれないが、すごくいいと思うと言ってくれたし、自分がそんな過酷な旅ができないからこそその作品が実現したらすごく価値あるものに見えるしそれ以前に柴田くん自身が改めて自分の衝動的なものが「移動」であり、「旅」であることに帰着したことがすごく価値あることだと思うと言ってくださった。すごく恥ずかしいが嬉しかった。しかし、その上で考えるべきことは

 

人と人との関係をどうBridgeするのか

どうやって何と何を橋渡しするのか

どういうルールで人と会うのか

というところだ。また、胴上げと橋の意味づけをしっかりしないとやる意味がないと思うという意見もいただいた。

 

けいちゃんと一昨日話した時は、

なんで全国にいる友達と一緒に橋を架けるのではなく、10秒前まで知らなかった人と橋を架けるのかそれがすごく気になると言われたのが印象的だった。

 

金山先生と話した時も同じようなことを言われた

なんで旅で会った人とつくることがいいのか?

なんで橋でなんでこの活動をやるのか?

それを明確にできるといいよねって。

金山先生と話して自分の作品の新たな研究領域が見えた気がする。流動的な社会だからこそ同じ文化背景を持つ人がちりちりばらばらになるけれどメディアを通して自分の背景に関連するニュースをみたり、聞いたりすることで同じ場所にいなくても想像上のコミュニティが形成されてる。でもこの橋は関わった人にとってここ自分が関わったんだとかあの兄ちゃん元気かなどこまで行ったんだろうかと最終的にできた橋を見てお互い会ってないはずの参加者はいろんな記憶を思い出すメディアになるのではないかとそれは流動的に移動しながらその場その場で出会った人と創り上げる作品でしか実現し得ないことだろうし、それが実現できているものはあまり分からないからいいんじゃないって。それを自分の言葉で言えるようになるといいな。社会学の問題点とかを使って作品をつくらないと構造以降は感じたのと本をしっかり読めてないから金山先生と話せてなかったけどやっぱり繋がりはキーワードの中に少なからずあるから副査として選んでやはりよかったのかなと感じた。

 

<今日の一枚>

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Agasuke初代幹部集合

 

あと47個。。。

1週間振り返って優しく舐めてると言われた柴田犬。

 

今日1週間実際やってみて構想終わりの1週間よりはやりたいことできたと思ったけど1週間で100個の空に近く行動をするのが以上に難しくて途中で正直諦めてしまった。

 

自分的にアリだなと思ったアイディアが見つかるとなぜかそこから想像力が広がるわけではなく止まってしまうんだよな。全然ある程度やってみると何をしたら良いかわからなくなるんだ。それはアイディアスケッチの時もそうだった。最終的には52個だけだったのでいろんな場所で橋の一部とともに写真を撮って架空の橋を日本に架けるという作品のアイディアをいう必要ないと。それは半分しかやってないのに生まれたアイディアはこれまでと同じくただの面白そう止まりなんじゃない?って。それはもしやったとしてもモチベ続かずに最後まで走りきれないし人生でやりたいことではないはずだと。これじゃなきゃダメなんだ!赤松さんに理解されなくてもやり続けてしまうものを掴んでやるべきだと。本当は四月までにやるべきことを今やってるから2ヶ月遅れてるんだということを自覚しながらしかし、

 

そして昨日の黒川さんと蛍は何のために載せたのって言われてしまった。

それから4日過ぎ去り山形で大阪で会った芸工大の友人とAgaでパーティーをしてAgaの掃除をして親と久しぶりにゆっくり話して本読んで友達の結婚式出て、山大で後輩とランチ行き、インタビューを受けてシャフィーと話してみなみ先輩とすぐりちゃんとせいぴーで米沢でパーティーしてそれが言い訳でしかないけどあと残り二日で1日25個こなすというところまで来てしまった。

 

僕自身どうなのだろうか昨日暑苦しく後輩に思ってることを正直に話してみたけど自分の言ってることが人に伝わるのか分からなかったけど、話していて過酷な旅をして出会った人と空に対して行為を行いそれが日本縦断する架空の橋になり天橋立の逆として出会った人の願いや祈りを橋で空に届ける活動は自分はしたい。

 

何が僕らしいとかでもなく何を狙ったことでも新規性を感じられるような作品でなくても僕はこの衝動というか思い込みなのかもしれないけど。これをつくってどうなるか分からないし本当に実現できるか分からない。それでも空に普段見えないものが見えるというワクワク感は豊かなものだと思う。

 

でも、そもそもなんでその活動をしたいと思ったかと言ったら旅で出会った人達と『空』をテーマとした一つの作品をつくりたい。

 

そのために必要なことは

参加者にどうやって橋を架空にでもリアルでもつくっているように見せるか

 どうやって橋が架空にあるように見せるか

 橋の一部を持って写真を撮る以外に橋がかかっているように見せる方法はあるのか?

参加者のその後の関わり方

実際どうやって橋を運ぶのか?

出会った人にどうやって説明してどうやってもらうのか

果たしてメタファーは橋でいいのか?

どこを巡るのか?

ルールとか用意するのか?

 泊まるときは誰かの家か庭でテント立たせてもらってやるのか

参加してくれた人とは今後どう繋がっていくか

どういうルートでどういう人にしてもらうのか

何に賛同するかしてもらうのか

 

 

 

橋を架けたい

久しぶりにやりたいアイディアが生まれた柴田犬。

 

赤松さんから100個の行動してと言われてあと3日を残して40/100。

1日20個の計算だ。しんどい。。。

 

でも、自分が今やりたいこと小さなことでいいからやっていって分かったことがある。

自分自身あれほど知らない人同士を繋げたいとか言ってたけど、そういうことをやりたいと思って動いてないことに改めて気づいた。それと、日々移動してるのが本当の自分だなと感じた。ふと日本一周?日本縦断してみたいみたかったんだと感じた。

 

自分がしたいことって純粋に過酷な旅だったなって。

鹿児島から北海道まで歩いて、出会った人と何かの行為をして参加してくれた人みんなで一つの作品をつくるようなプロジェクトをしたいと考えた時に

蔡國強 Sky Ladder』を思い出した。

 

空に500mのハシゴを飛ばして、ハシゴに取り付けた花火を引火させて夜に燃えたハシゴが空に向かって浮かび上がる作品だ。

 

これのすごいことが21年かけて数々の失敗を乗り越えて成し遂げた。

しかも自分の祖母に届けたい&自分自身が実現したいという一心で。

それこそ赤松さんの言っていた誰にもなんと言われなくてもお金をいくらつぎ込んでも実現したくなってしまう無意識的に求めてしまうものなんだって。それがアートの源泉なんだって考えた時に僕は歩いて出会った人が支えた橋を日本の空に架けたいと思った。

 

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テストver1

 

そして、その支えてくれた人たちの写真と実際の橋がARか何かで実際に見れるようにしたい。関わってくれた人が応援したくなるついついどこまで橋ができてるのか確認したくなるものにしたい。それだけでなく、結構仲良くなれた地域ではもっと入り込んで小さなことでも頑張っている人に胴上げをするプロジェクトも並行してやりたい。今日実際にダンボールで橋をつくってのんちゃんに持って繋げてみた。

 

のんちゃんが言っていたもっと繋がる感じがしたらいいかもねと腕を組んでる感じになったりと橋の形によっていろんな組み合わせでできたら面白いなと。Wolfさんのモーフィングも同じだという。もっとカメラとの距離感やどこの高さで橋と頭を置くのかを調整していくべきだなと感じた。確かにやってみないと分からないことばかりだから、企画書をしっかり書いて準備を整えて中間までに実際にしたい。

 

やっぱりのんちゃんと話すと気づきが多い。あと3日で60個頑張る。

 

<今日のキーワード>

キングダム/星野道夫/渡邉恵太/Theめしや/衝撃ゴシップ/

 

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のんちゃんありがと笑

 

赤松さんに主査を引き受けてくれた日

ようやく主査が決まった柴田犬。

 

今日赤松さんと話して主査を引き受けてくださった。

ひとまず安心というか非常に嬉しい。

 

でも、主査になるにあたって確認したい事として2点言われた。

①何で考えてばかりで行動しないのか?それはアートをやるにあたって重要な要素が足りてないのではないか?

②山形のゲストハウスと岐阜での制作は何が違うのか?

だった。

 

確かに、僕は最近自分自身が表現したいものがないのではないかと考え始めていた。切実に自分がやりたいと思っていることがないと感じていたのだ。それは前から赤松さんに言われていたずっと無意識的に考えてしまう何かが僕には圧倒的にかけているということだ。それはアーティストとしては致命傷だと僕は思うし、それを赤松さんは心配していた。ふとした時にやってしまうこと僕にとっては旅しか言えない。外に出て誰かと触れ合うことを最近してない。ずっと籠って考えて何もいいアイディアが生まれないし、アニメに逃げる自分がいる。たとえ生まれたアイディアを先生方に提案してみて色々言われてやっぱりダメだと思って結局何も進まずここまで来た。赤松さんにとって僕は何もやってない人だし手を動かしてない人なんだ。

 

それに繋がることだけど、山形のゲストハウスは何で生まれたの?あれは思い浮かべれば老後につくりたいと思っていてビジネスに発展したらいいなと思っていたものだけれど今思い返せば誰に何を言われようとあれはつくろうと思った時につくろうと思ったし切実に自分にとっては大切なものだと思う。それができて今岐阜では何でできないのだろうか。それは山形にいた時に仲間や背中をお尻を叩いてくれるしくんという存在がいないからなが大きいと思っている。それがここでは赤松さんなのかもしれない。あの人に叱咤されると動こうと思うし発言の重みが違う。

 

だからこそ、デザイン的な考えであるアイディアスケッチでずっと机の上で考えるのが1年かけてできないとわかったんだったら、これから半年は外に出続けて1週間に100回作品の元になるだろう行動をしてツイッターでログとして残してと言われた。

 

何か自分の中で衝動的にしたいことをしまくれと。それをやることで自分の中の表現したいことが見えてくるのだろうと。

 

やりたいと思ったことアイディアは簡単にでもいいからできることをできる範囲で一歩づつ実験してみる。それが本当に大事なことだと学んだ一日。6月6日までに100回の行動を80回でもダメだし99回でもダメだから今回はしっかり達成しないといけない。

 

<今日の一枚>

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念願の胴上げ。思った以上に楽しかった。