柴田犬の頭の中@ぎふ

アートど素人がメディアアートを学べる岐阜県大垣市にある大学院に入学し、変わった人生を歩む奮闘記です。

悩む時期ですな。。。

迷って焦って一周まわって落ち着き割と制作欲が高まってる柴田犬。

 

普段話さないような先生方と面談のアポと面談をしている。前田先生と話して思ってたより非常に楽しかった。年次の時も結構話してくれてびっくりしたけど、自分はあまり人とコミュニケーション取りたくない側だと言っていた割にはすごく前田先生のペースで話してくれた。話してみて感じたのは大きく2点だった。①将来やりたい方向性に合わせて作品をつくってもいいのではないか?②自分が好きだと感じている分かりやすいアート(IAMAS的な現代アートとは異なる)の路線で攻めてみては?ということだった。

 

①将来やりたい方向性に合わせた作品づくりということを提案してくれた。僕自身卒業後の進路としては、大阪のコミュニティデザインのNPOでコミュニティデザイナーとして関わりながらアーティストとして活動するor YCAMでエデュケーターとして活動することだ。それなら現在考えているアートの文脈として考えているSEAやリレーショナル・アートに無理やり当てはめて考える必要はないのではないかと、アートの背景の無い人が今からその分野で闘うことは大変じゃない?と。自分の進路に合わせてそのように考えてくれた先生はいなかったからこそすごく新鮮な意見だった。

 

②自分が好きだと感じている分かりやすいアートを突き詰めてみてはということだった。自分自身アートやエンタメの領域に行こうと思ったきっかけはトランポリンを世界中に持っていろんな人を笑顔にしている舞さんと旅したことが自分の人生を変えた。チェンライの山岳民族博物館に行ってアカ族の人がトランポリンを跳びながら笑いながら泣いたその瞬間を同じ空間で味わったその時。僕は目の前の人をまだ出会えぬ誰かを笑顔にしたい!笑顔にできるような人になるんだと決めてアートやエンタメの領域に来たんだ。(その時の拙いブログが残ってるのでぜひ↓ 今読んでみるとヒドイ文章だ笑)

 

bappon0831.hatenablog.com

 

だからこそ、普段笑えないような子達に笑いを届けるという軸でホスピタルクラウンを始めた。一般の人をどう笑顔にできるかと考えた時この大学院ではまずメリープロジェクトのような子供達の笑顔を使って何かをしたいと思っていた。でも、この大学院にいると商業的なアートというよりも学校側が好きなのは美術手帖に載ってるような現代アート。人を笑顔にすることが目的なら現代アートによればよるほど考える余地が大きくなって一般の人にとっては理解できないことの方が大きくなる。理解できないということは楽しみにくくなる。だからこそ、僕の作品がこの大学院の求めるアートによれば寄るほど参加者の笑顔という軸からはかけ離れていくからだ。だからこそ前田先生はメリープロジェクトのような分かりやすくクラウドファンディングでみんなからお金を集めて大々的にやってるプロジェクトをしていくべきなのではないかと。大人も子供楽しめるという目線だとクワクボさんがいいよとやはり「デザインあ」があれだけ一般に受けている訳はクワクボさんの力だと言っていた。自分もあの展示を昨年5月に見に行って感動したことを覚えている。クワクボさんと話してみたい。

 

前田先生と話して全体的にアート詳しくない人がアートに拘る必要がないんじゃないかという印象があった。自分はアートに対して憧れが強くてこの大学院に来たからこそアート的素養をしっかり身につけてアートの背景がない自分も表現としてできるようになりたいというのがモチベーションとしてある。アートが自分の目指す「人を笑顔にする」ということに直接繋がる訳ではないけど答えのない様や誰かのためにつくってないからこそ誰にも親和性のあるところ。はっとさせられるような視点や世界を与えてくれるものだからこそアートをやってみたいんだ。あと、言われたのが人のためにそれだけ尽くせるのは何か闇を感じるということだった。そんなに闇は人よりない方だとは思うが自分がそれを闇だと感じていないだけか?そんな風に言われたことが自分は驚きだった。

 

その後に瀬川さんと話してあまりはっとするような意見はもらえなかったけど、遊具にしたとしてもまた改めて遊具のリサーチが必要になるし、遊具は遊具の世界で大変だって赤松さんも言ってたようにSEAやリレーショナル・アートをもっと深めて理解しない限りその分野での新規性は言えない訳だからその分野の理解に勤しんでいきたい。

 

<今日のキーワード>

不可能性/加藤翼/SEA/アートをアート足らしめるものとは?/やっぱり電話は面談みたいになっちゃう癖がついてる/藤浩志/関野吉晴/冒険と美って両極端に存在するものだと思われがちだけど「自分の手でつくりあげる喜び」という点ですごく近い/文化人類学/冒険家でもありたい/モビリティーズ/人は身体を動かすことで感覚を働かせて空間を認知する/ということは人は迷い遠回りすることで自分の世界観・空間を広げてるんだろうなと/冒険はこの連続したいつもの生活の外側で起きる/フルーツバスケット/一人一人のおにぎりの背中に梅干しがあるから自分のは見えなくて他人のばかり見えて嫉妬する/風景/つながり/場所性/あやちゃん/全く知らない人だからこそ話せる/

 

<今日の一枚>

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とびら開けて〜@清春芸術村

改めて僕は何をやろうかと考え始めた

山田先生にボコボコにされた柴田犬。

 

本当は何を5月からやるのかをアイディア100だししてスケッチと具体的な内容と共に伝えるための時間だったが、全然ダメでした。ダメだったというのは自分自身が研究から逃げてしまったGWだったからだ。正直10日間で研究のことを考えられたのは昨日の半日ぐらいだろう。それに加えて、GW中に読んだSEAの本で自分がやりたいと考えていた路上で人と人との関係性を紡ぐアートは25年も前から欧米を中心に既に生まれていて自分の研究制作における新規性&オリジナリティってどこに行ったんだろうと。厳密には違うところは『変なコミュニケーション装置を使ってる』,『伝えたいメッセージが知らない人同士を透明化させている文化=進んだ個人化社会への問いかけ(ここもまだ曖昧だけど)』ぐらいしか思いつかない(本当は違うところがあると信じたい)。それに気づいてから自分は本当にどうしたらいいか分からなくなった。

 

SEAの本を読んでやりたい方向性として社会的な運動的要素とアート的要素を兼ね備えたSEAをやりたいと感じている。しかし、アートよりも社会的実践に寄っているSEAがなぜアート足り得るのか?読んでいてあまりしっくり来なかったのが正直なところだ(自分の理解不足が大きな要因だとは思うが)。SEAの本で取り上げられたボニー・オラ・シャーク《ザ・ファーム》(1976)にて、高速道路の立体交差下にあった空き地を都市農場として再生利用した広大なプロジェクトもアートだという。

ピクニック・テーブルを用意し、牛を飼うことで《ザ・ファーム》を生活規模の環境的パフォーマンス・スカルプチャーとして構想した。人間が人類以外の動物や植物と身近に接触できる仕組みを創り、そこに多様な、多文化のグループがプロジェクトの企画や維持のために参加した。《ザ・ファーム》は近隣住民の集う場所であり、また長期的なパフォーマンス作品として見られた。

自分はただいろんな人と畑をやってるだけだろう。そんな風に思っていたが、この農場で、様々なものがアートと融合するものとなった。ビジュアル・アーティストは作品を制作する場所にして、パフォーマーはリハーサルやパフォーマンスを農場で行う。他の生命体や学問領域にアートを融合することで、通常のオーディエンス層を広げていった。一般の人たちが庭の手入れをして作物をを育ててる傍で、パンクバンドのコンサートが開催されたり、精神疾患者や高齢者のための様々なアクティビティまでも計画されていたそう。

 

《ザ・ファーム》は社会的なアートワークです。これは全ての芸術と文学、教育、コミュニティサービス、公衆衛生、環境、都市計画、地方政治、不動産といった異なる分野を合体させたものであると同時に、私はその全体をアートだと考えています。《ザ・ファーム》をアートと呼ぶことは、アート界の権威にとっては最も困惑し、問題のある発想でしょう。なぜなら、関連する要素が広く拡散しているので、型にハマった物の見方や考え方では、およそ理解しがたいからです。《ザ・ファーム》は前衛的であり、おそらくアートの将来に訴えかけるものだと思います。それはまさしく、生活の枠組みであり生命の劇場です。そして、そのことがアートを語る時には常に面倒を起こすのです。

 

その時代には、ない考え方であってアートが様々な分野に入り込み溶け込んだ事例としては先進的だったんだなと解釈できた。

なぜSEAはアートと言えるのか?

という問いに答えられない。自分はまだまだSEAの本の理解不足だからもう一周しないといけないと思う。でも、僕のやりたいことに対してアートとよべる土壌があるのでそこをより深ぼっていくことが今後大事なこと。

 

山田先生が先日の構想発表を経た教授会で話題になったことを話してくれた。

①どうして見知らぬ人同士繋げたがるのか?

人を繋げることを善として捉え過ぎてない?

②ささえてハウスの分析が足りない

何でささえてハウスがいいの?やっただけでそのままってなってない?

ってことでした。

 

①はやはり、自分自身の旅を通して人との出会いから世界観が変わったから日常的に知らない人と出会い世界観を広げられる仕組みをつくりたいと感じたから。それを話してて自分も他の人も年がら年中つながりたいわけではなくてだからこそ、ゲリラ的よりもイベント的にすることでやりたい人がやるというアプローチが分かりやすいんだろうなと感じる。自分はやはり人と人が会うことにクリエイティブ性を感じるので僕が感じるクリエイティブ性とは?というところを深ぼっていく必要がある。

 

②ささえてハウスの分析は確かに足りないとは感じているけど構想でささえてハウスの発展系がやりたいと言ったのにも関わらずあまりやっぱりやりたくないんだなと感じていてフランシス・アリスや加藤翼さんのように様々な地域に行ってその場でものをつくり人を巻き込んで作品をつくりたい。そうであっても分析をすべきなんだろうけど何がいいのかを分析しきれてないからしたいね。

 

 

今後僕がやらないといけないことは、

何を目指しているのか?何やりたいの?

人と関わるということはどういうレベル?

シナリオを考える必要がある

どういう人たちを集めてどういうことをするのか?具体的に何をやるのか?

5月中に動けるように早めに早めに動いていく。

 

それと今後の論文にまとめるために

先行研究や参考作品をまとめてどういうところを参考にしたのかを含めてまとめて随時共有

 

他の先生方と面談する

すでに前田先生のアポが取れてよかった。加藤翼さんというアーティストさんを紹介してくれて自分のやりたい方向性にぴったしドンピシャだった。もっと躊躇してないでいろんな先生と話すべきだったな。

 

方向性が決まったらアイディア100だしアイディアスケッチを含めて

 赤松さんに言われたことを3ヶ月もできてないのでそろそろやらないとというかまずいよねと。

 

本を読む

金山先生とコバマサさんから紹介してもらった

「つながり/つながらない社会学

「モビリティーズ 移動の社会学

寺山修司論」

「公共圏」

「SEAの系譜・理論・実践」

この5冊はマストに早急に読みたいね

 

担当教員どうするか問題

担当が主査になることが多いからそろそろ変えないとな。

 

僕はやはり思考力が弱いし、深くまで考えられてないもっと問い続けて言語化できるようにする。今のままだと全然ダメだし、危険信号言われてる人たちよりも正直ヤバイと思う。僕は無意識的に自分がおもしろいと感じたことしかやってないからだ。もっともっと思考し続けていきたいと思ったゴールデンウィーク明け。

 

<今日の一枚>

 

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清春芸術村@5月4日

 

<今日のキーワード>

不可能性/加藤翼/SEA/アートをアート足らしめるものとは?/やっぱり電話は面談みたいになっちゃう癖がついてる/藤浩志/関野吉晴/冒険と美って両極端に存在するものだと思われがちだけど「自分の手でつくりあげる喜び」という点ですごく近い/文化人類学/冒険家でもありたい/不登校の小学生Youtuber炎上/

 

 

 

研究が進まないGW

令和初日にしっかりスタートを切ったはずが意外とまだ療養が必要らしい柴田犬。

 

しっかり前を向いて進むためにあの子からもらった全てのものを一旦箪笥の奥にしまった。そして、インスタは見ないように、フェイスブックもフォローも外した。自分の人生においてあの子が現れないように気をつけている。でも、3年半はやはり長い時間だからかいろんなものがトリガーとなってまだまだふとした瞬間に思い出してしまう。高野山を機に好きだと感じている初の年下の子に連絡を続けているし、出会い系サイトに登録して繋がった人と今日電話してみる。別な女性によってあの子がいなくなった穴を埋めようとしている思い出をアップデートしようと無意識的にしている。これが僕の自己防衛であり生存戦略なのだろう。しくんと電話した時に『今のパートナーと付き合った理由はわかるけど、なんで先輩と浮気したんだろうね?』これはやはり、推し負けたということと環境の変化と自分がすぐ行けない物理的距離にあったんだろうなぁと感じている。これは将来的に会った時に聞きたい。でも半年後に自分は会えるのか分からないしそもそも会いたいと思うのだろうか?今は会えるし話せるけど正直会いたくも話たくもない。メッセージに返信すらしたくない。別れる時に、想いがあれば私からまた告白するからって言ってたのに、すごい女々しいけれど嘘つきだなと全ては許してる許してるはずだし、感謝はしてるけどやっぱり人間だよね怒りと信頼を失った人に対しての対応がまだ慣れていない。「花咲くいろは」に出てきた片思いのシーン。自分と彼らを重ねてアニメのようには片思いが成就することはないのかと、あの時の想いを寄せた人と結婚して子供を産んだその隣には自分がいたはずなのに。とかすごくすごく感情が溢れている。うだうだ考えていても現状は変わらないし、自分が虚しくなるだけ。あの子は結局僕を選ばずに他の男を選んだという事実だけが正しい。それをどう活かして次の恋をしていくかであって、誰か愛する人がいて愛されている自分は誰よりも強い。日々のこういう心情を常にパートナーには共有してきたししたいからこそ、はけ口がない自分はAgaメンに共有したくなって、同期に共有したくなって、他の女性に共有したくなるんだろう、その誰かに何かを伝えたいという想いがこんな風に文字を連ねているのだろう。こんなことするよりもやることは山ほどあるのに。

 

この感情の起伏のせいとBBQと山梨旅で全然ほとんど研究が進んでいない。 先生に怒られてしまうしこのままだと大分まずい。本当は今からやる奨学金の申請書書くのと、インターン先のラジオ編集して公開することと、本の数々を読むこと、アイディアスケッチでキレイにアイディア100だしして今後の方向性を7日に先生に話せる状況にしておくことだったけど今本しか読めていない。本も本来読む予定の4冊の本の1冊の半分だけ。。。なぜこうもGWは早く過ぎてしまったのだろうか。SEAの本を読んで理解するのが難しいけれどリレーショナルアートは最終形態はしっかり元来の作品としてアウトプットされるけど、SEAは作品としての存在形態云々ではなく、純粋に社会的実践にフォーカスしている。だからこそ、敢えてというか『美的』というものを使わないようにしている。アートが社会的転回、論理的転回(ここがまだ完全には理解できていないが)をするようになっていると言っている。それらをこう「ソーシャル・プラクティスをめぐる理論の現状ー社会的転回、パフォーマンス的転回」では締めくくっていた。

 

ソーシャル・プラクティスの出現を単に社会化された芸術ーないしその幾度目かの反復ーとみなすことに、おそらく生産的な意義はほとんどない。「美的」ないし「芸術的」なものから距離を取ろうとするそれらの芸術を、なお芸術「作品」として分析する心構えを維持すること、しかも旧弊な形式主義によってではなく、そのパフォーマンスとして具体的な現れに注目することによってこそ、その作品の美的=感性的な側面を掬い取る可能性は開かれていくだろう。

SEAの系譜・理論・実践 P.149

 

要はソーシャル・プラクティスという社会的実践的行為を一種のパフォーマンスとして演劇的なものとして見ることでその中からアート性を感じ取るようになるということなのだろうか?まだまだ理解できない。この本を読めば読むほどアートって何なのかわからなくなるけど、自分のやりたいことをアートとして頑張って言おうしている人たちがいるのは心強い反面、2000年代以前からこのような関係性を社会的に求めるようなアート作品は存在していてノロさんも言っていたようにアートの文脈で言うと自分の作りたいものは新規性がないものなのだろうなと感じてしまう。でも、いろんなまさひろさんと話した時に自分のやりたいことは1970年代の演劇的なことだと寺山修司が外でおもろいことをしているような感覚と言っていたこととSEAが演劇的なものと繋がっているようなことを本で書いてありまだ読めていないのだが、そこが繋がっていくと言葉にできなかった何かにまた近づけるのではないかと思っている。明日までに出来るだけ寝る間も惜しんでやれてないことを進めたい。

 

<今日の一枚>

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5月2日のBBQ

 

別れと始まり@平成最終日

昨日元カノと話してしっかり区切りをつけることができた柴田犬。

 

本当はここでなんか書くべきではないんだろうけど僕は全てありのままにこの日記では残したいと思っているので気持ちを全て残したい。(※あの子を知っている人が見たら不快に感じてしまうかもしれないので見ないでください)

 

電話して家に着くまで雑談して家に到着して開口一番話してくれたことはパートナーがもう既にいるということでした。結構あの子もすごく悩んで苦しんでいた時に共に留学していた人と想いをお互い共有してオレに言えなかったこととか全部さらけ出して仲を深めたそうだ。結婚も視野に入れて一緒にやろうと計画していた世界一周の計画もあって、卒業後のプランも色々考えてるとのこと。僕と彼を比べられないが強いて言うならば違いは『具体的な計画力』だそうだ。すごくお互い愛してるんだろうなって感じて、自分といるときは計画をしないことが計画だったのに、計画的に生きるようになったんだなって。計画するのが悪いってことではないけどなんか以前好きだったあの子とは変わってるなって。まだ見ぬ未来に向けて我武者羅に将来とかパートナーとか関係なく突き進んでいく今の彼が結構論理的に話を引き出してくれるみたいで話し方がそんな感じだった。昨年の8月の時から感じているように話していても楽しくない。完全に昔のあの子とは別人のような感覚だった。でもすごくオレのことを心配してくれてるみたいで私は今幸せだから大切なオレのことを想って幸せになってほしいと終始伝えてくれた。僕が大人になればよかったのだろうか。いや違う。運命だと感じていた子がいつの間にか運命だと思い込んでいた人になってしまっていたのか。何かさらけ出せない何かを抱えていると行動や仕草を通して以前から感じていてそれを今の彼は引き出せて一番あの子の辛い時にそばに入れた寄り添えたということなんだろうなと。でも、その言えなかった過去というものを聞いてしまったからこそ僕はもう何も言えないしそれは言えなかったんだろうなと感じたし僕は正直何も言葉にできなかった。ありきたりな言葉並べるしかなかった。裏切られたこと、8月会った時に嘘つかれたということ、そして嘘を使って僕を責め感情を揺らがせ心配させたことそれが頭を駆け巡った。許すことはできるけど意外と怒りと怒ってる自分小ちゃいなと想う気持ちが時間が経つごとにこみ上げる。僕が嫌だなと感じたのは3年半も付き合って自分の過ちを伝えにくいのは承知の上だけどもっと早く教えて欲しかった。それを引き出せないのも悲しいし、自分が苦しんだ7月から4月の間本当に辛く何も行動できない日々も多くあったので後悔はしていないがこれから頑張らなあかんなと考えさせられること。あの子がオレを励ましてくれたこと『こうじゃなきゃダメという固定観念から解き放たれること。運命の相手ではないということ』そう考えて立ち直って欲しいと。

すごく話を聞いていて思うのはあの子の『絶対ない・ありえないは信じられないということ』、『自分勝手で自分しか見えていないということ』、『強く見えていて本当は弱い』ということだ。あの子が幸せになって欲しいと心から願うのは変わらない。話していて自分の違和感というもの第6感的な直感は結構正確なんだなと改めて感じた。

 

「女の性格がわかるのは恋が始まる時ではないわ。 恋が終わる時よ。」ローザ・ルクセンブルク

 

元気が出るように失恋の時の名言を見ていたが、まさにその通りだなと。弱いときにこそ本性が出るしこれまでに見たことのない感じたことのない振る舞いをされたときに恋が終わってしまうのか?どうかは分からないが。約4年1人の女性を愛して大切にできたということは僕の誇りだと思うし、今後も素敵だなと感じた人を愛し続けたいあの子が後悔してしまうような男になってめっちゃおもろい生き方で生きていたい。まだ全回復するまではもう少しかかると思うけど、友達と話してスッキリさせながらあの子を僕が自責の念に狩られるだけでなくあの子の悪い部分も共感してもらいながら僕は一歩づつ進んでいきたい。でも以前より何かに囚われていた主にがすーっと抜けていくようなそんな感覚でオレと付き合った人の次の人はあまりよくないというジンクスがあるけどどうなのかな?本当にあの子の幸せは祈ってるし、あの子を傷つけたら怒るので今のパートナーさんちゃんと幸せにしてあげてくださいね。

 

こころは意識を向けた中に生まれる

昨日合宿のために高野山に行っていた柴田犬。

 

いつもお世話になっている界隈の合宿があり参加してきた。最近は研究制作に集中したいという表向きの理由と本当の理由ではその界隈に関われば関わるほど求められることに疲れた。そして、なぜか大人と関わりたくないなと感じてしまっている自分がいるということだ。今回は最初は参加しない予定だったが、信頼する友人たちが久しぶりに揃うということもあり直感的に参加したくなって参加した。結果的に参加してよかったが、やはりなんか疲れるなと。その原因は大人たちとそんなに仲良くない大人達と同じ空間にいることが何か気を使ってしまう自然体でいられないんだよな。すごい大人達がすごいままででも他の大人よりはフラットなはずなのにやっぱり自分から話せない話したいと思うのに興味あるのに関わりたいと思えないそれが自分が何をしたいか分からなくなったからだと感じていたがある程度やりたい方向性が見えてもなお同じ状態なので違うのだと思う。大人はコントロールし辛いからなのかな?何話したら良いかさっぱり分からんのよね。嫌だなと思いながら話すほど嫌なことはないし。なんかな疲れるなとこの二日間でも感じた。

 

でも今回は高野山のお坊さんの話を聞けたことと自分が感じていた違和感を他の人と共有できたことはすごく大きな収穫。お坊さんの話の中では、①日本人と海外の宗教観の捉え方②空海の素晴らしさ③こころってどこにあるのか?幸せって何なのか?④過去現在未来の捉え方という話がしっくり来た。お坊さん自身が以前ベンチャーで働いていて婿入りをきっかけに高野山のお坊さんになっているのだが、だからこそ全てのことをシステムに置き換えて最終的に空海真言宗での考え方にまとめるのは話を聞いていて非常に面白かった。こんな40代になりたいそう思えた人だ。①日本人と海外の宗教観の捉え方では人をOSと捉え、日本人はどんなアプリを入れられるOSと捉え、海外の一神教AppleのようなApple製品しか入れられないOSだとだからこそ日本は様々な宗教の考え方や在り方を取り入れられるんだと高野山自体神道と仏教が混在している。多様性とか言われ始めた昨今よりも1200年前から高野山では様々な文化が入り混じっている。だからこそ②空海の素晴らしさを感じられた。そんな昔から空海は多様性を重んじていて若い頃から勉学に励み遣唐使に行った時普通は20年帰って来れないのだが空海はたった2年で帰ってきている空海は日本のスーパースターであると。空海はまだまだ謎なことが多くまだ知られていないことがたくさんある。そのような昔の空海の生き方など知ることが現代における僕たちの生き方に活かせるのではないだろうか。1200年経っても現代において伝わり続けるそのような文化を創ったということに非常に尊敬してしまうし空海という人をさらに知りたい。今の日本の根底になった数々の宗教も知りたい。なぜ昔の人の中には現在の人間では計り知れない能力を持っている人がいたんだろうか、そして現在においてなぜそのような人はいないのだろうかやはりいつも考えてしまう。僕らは技術的に進歩しても人間的に退化し続けているのではないはないかと思えて止まない。石徹白で魅力を感じて山形のを含めて山岳信仰を勉強したいと感じたので空海の本と一緒にポチッとしたので楽しみ。③こころってどこにあるのか?幸せって何なのか?についてはせなちゃんが書を書いている住職さんと話していたことを教えてくれた。自分にとっての『こころ』は何だろうなと考えた時過去にあるのではないかと感じた。何かが引き起こされた瞬間に自分自身に感情が芽生えると思い、感情が芽生えたということはそれはもう既に過去のことだと認識しているから僕は過去に『こころ』があると言った。せなちゃん曰く住職さんは『こころは自分の意識を向けている中に生まれる』ということだった。人と会話していて人を見ているときにその人の中にこころは生まれる。星を見上げているときに星の中にこころが生まれ、何かを触っている時そこにこころが生まれている。幸せってやはり僕は目の前の誰かを笑顔にすることができた時。住職の方が言っていたのは『誰かに何かを与えられた時』だった。住職さんと話していてやはり精神的に余裕があるからこそ人に配慮ができ尚且つ紡ぐ言葉一つ一つに心が込められていてすごく美しい。なぜか昨日せいぴーやセナちゃんに僕に何かを言われるとなぜかできてしまいそうな感じになってしまうから恐ろしいとパポ教があれば入りたいと冗談っぽく言ってたけどやはり将来的にはそのような路線にも行きそうな感覚はある。宗教家というよりは思想家としていろんな人と話しカウンセリングのような相手の可能性を引き出せる人に僕はなりたい。④過去現在未来の捉え方はうちの大学院の学長も言っていたようなことを言っていた。現在にあるすべてのものはこれまで生きていた人の血肉や知見の積み重ねで成り立っている。ということは今ある現在はまだ見ぬこれから生まれてくる人たちに向けているということもありうる。つまり、現在の僕らは過去に生きていた数多の亡霊、これから生まれてくる人たち、現在会うことないけど共に生きている人々を意識するということがこれからの世界を形づくっていく上では本当に重要な考え方だなと感じた。現在は急速に時代が変わる世の中で目先の3年5年を追うのでやっとだ。でも高野山では1200年という歴史の中で常に先の未来を考えて生きている。時にはゆったりとした長期的な感覚ですべてのものを見てみてもいいのではないだろうか。ちょっと長くなったからもう一つの収穫は改めて書く。

 

情報過多な時代だからこそ精神的な活動や場に最近注目されてきている。世界的にマインドフルネスとかビルゲイツが情報をシャットアウトを定期的にしていたりとか情報を選ぶ時代になっているし、情報を遮断、自己と対話する時代になってきている。だからこそ僕はこの大学院生の間が今後の人生で一番余白のある時間を過ごしていると思う。だからこそ情報をむやみやたらに収集せずに素敵だなと思ったこと・要素をしっかり書き留め自分で何回も咀嚼していきたい。そのために改めて始めて4ヶ月経つこの日記は今後の自分を左右する大切なものになるに違いないし、将来的にもずっと書き留めていきたいし、習慣としてあり続けていきたい。

 

<今日の一枚>

 

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今まで一番思い通りの質感をせた気がする一枚。透明感のある写真を撮れるようになりたいねん

 

あの時に僕らはもう終わっていたのだろうか?

メンタル面がけっこう昨年の10月のようになってきた柴田犬。

 

この前ここに書いた時には、

bappon0831.hatenablog.com

僕はまだ好きだと思っていたし、あの子の態度を完全に許していた許せていたのだ。でもゆくゆく考えてみると圧倒的に酷すぎやしないかと10月に別れてから半年後の4月に会うと約束を決めてお互いやっぱり好きだからまた付き合いたい!or好きな人ができたんだとしっかり伝えながら半年にお互いに起きたことを夜遅くまで語り合うんだと僕は思ってたわけですよ。思い返してみると、僕のことを本当に大切にしてるんだったら午前だけでなくて1日予定開けておくはずなんじゃないかなとそれは僕だけがそう思ってるのだろうか?僕は会うことを大切にしたかったのに1時間でも話すべきだと思ったのにこのタイミングでお互いどういう方向性に行くかしっかりするべきだったなと雨降りしきる今日久々に後悔を感じた。その時に僕自身が京都に電車に飛び乗って行くという行動が取れてない時点で僕らの関係って終わってしまっていたんじゃないかなんかそんな考えたくもない想いが狼煙が上がるように立ち上った。テレビ電話でたぶんあっちから思い告げられても泣いて嬉しいと思えないんだろうなと、僕から好きだってまた付き合って欲しいと心の底から言えないんだろうなと今日何故か知ってしまった。すごく辛く悲しいそれが真実なのだろうか?相手がオレのことをしっかり見てくれてるってことが分からない限りオレはまたあの子のことを真剣に考えられないし信じられない。スケジュール変更して欲しいって言われて、もっと早めに連絡して欲しかったって伝えた後に、そしたら他の予定入れられたのにって言うってことは結局オレは後回しってことやん。オレだけスケジュール変更したいって言われたらなんとしてでも3日しか日本に入れないなら夜中でも早朝でも時間が取れるようにしたのに、他の予定とか関係なくオレはあなたに会いたかったのに。会って30分でも一言でもいいから本当の今の気持ちを知りたかったのに。これがタイミングというものなのか分からないし、また実際に話したら、会ったら変わるのかもしれないけど、あの子がオレに与えたダメージというものは大きいし信頼を失っているのは自分に問うてみて改めて感じたし、それをどうあの子は埋めてくれるのか?きっと埋めてくれないと思ってるけどあの子は今自分しか見えてないんだから。この心に空いた穴は最近知り合った人と電話して埋まるか分からないけど僕だって久しぶりにドキドキワクワクしてもいいだろう。何年か後に改めてこれを見返したらすごく恥ずかしく苦しい文章だったとその時のパートナーと笑って見返せればなと想い筆を置く。

 

笑いの蓋を開けに行くのではなく、蓋をただ緩めに行くんだ

ホスピタルクラウン活動が月に2回できた柴田犬。

 

今日初めて1人で病棟をまわった。ちょうどホスピタルクラウン認定試験を昨年の3月に合格してから1年ちょい月に1回行けるか行けないかで1年取り敢えずは続けられた。この大学院に来て事務所が近くなるので様々な人を楽しませられるような存在になるためにアートだけでなくエンタメも両立させて学ぶんだと昨年はクラウン講座も1週間に一回名古屋に通って後期は授業とかが忙しくてプレジャーBメンバーになれる講座には参加できなかったのがちょっと悲しかった。他の同期のメンバーはクラウンを極めていって羨ましいなと思う時もあったけど生涯僕はクラウンであり続けたいと思っていてライフワークとして少しづつ芸を増やしキャラクター性を磨いていきたい。僕が目指すキャラクター性は穏やかで天然ボケてておっちょこちょいで抜けてる感じ笑 ロイさんや潤さんみたいなクラウンに僕はなりたい。クラウンとして興味ある分野はやはりマイムで、やはり身体的で演劇的なところに憧れを持っているんだなとコバマサ先生と話しているときに出てきた「君は寺山修司的な1970年代の演劇活動が行ってきたことに興味があるんだねと」寺山修司が道端の1m四方を囲んでいきなり国をつくる1m国家のような作品だったり、いきなり路上でゲリラ的にパフォーマンスすることに僕は興味がある。ヒッチハイクで立つときもそうだけど最初路上に立つのはすごく怖いけど慣れればそうでもない、クラウンとして人前に出ることは全く恥ずかしくないけど他の先輩よりも目の前の人を楽しませられないということへの恐怖があるだけだ。それは練習や経験値の多さしかないのだとは思うけれど。毎月1回は定期的に行きたいな。まぁ、行ったら一日潰れちゃうし、それよりも行くまでが足取りが重い。久々に病棟に入るとすごく緊張するしね。でも今日もそうだったけど、僕の拙いマジックでも目を見開いて顔にすごい!って書いてあるような表情をして僕を見てくれる。ささっとつくったバルーンで僕が帰った後に窓に置いて写真撮ってる姿を見るとすごく嬉しい。子供達は子供達でいろんな病気で苦しんでいて我が子が苦しんでいる姿を見て親も周りも苦しむ。そんな環境にホスピタルクラウンが非日常を運んできてクスッと笑って一瞬でも辛い現実が頭から吹っ飛ばせるというのはホスピタルクラウンの存在意義だと僕は思う。あと、クラウンを通して普段は部屋のお互いのカーテンが閉じたままなのにみんなカーテンが開いて近くにいたけど関わらなかった子供達同士親同士が会話をする遊ぶきっかけになるのは大きい。いつもKさんが言ってたけど、僕らは子供達の閉まっていた笑いの蓋を開けに行くのではなく、蓋をただ緩めに行くんだと。まさにその通りだなと今日から入院の子が今日いて緊張して笑顔も見せてなくて声も出なかった子がマジックを見せてあんなに素敵な笑顔で笑うんだって、バルーンのくまをプレゼントしたらあんな声でありがとうって言ってくれるんだって結構嬉しかった。看護師さんからも緊張が溶けてよかったねと言ってもらえて僕は今日行けてよかったなと改めて感じた。全てが楽しいことばかりではないけれどもっとスムーズで余裕のある対応ができるようになりたいな。僕も下のURL先にいるので覗いてみて下さい笑

 

hospital-clown.jp

 

<今日の一枚>

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Twitterで見つけた一枚。これが学ぶという真髄だと感じた。