柴田犬の頭の中@ぎふ

アートど素人がメディアアートを学べる岐阜県大垣市にある大学院に入学し、変わった人生を歩む奮闘記です。

組織という難しさ

今週あまり研究のこと考えられてなかった柴田犬。

 

学部時代から関わっているAgasuke House。大学院2年になってもできることで未だに関わり続けている。メンバーのお悩み相談を昨年から平均2ヶ月に1回ぐらい一人一人に実施している。僕もそうだけど、大学中は自分は何がしたいんだろうと自分にしかできないことって何だろうと自問自答して悩みながらもがき苦しみ楽しんできた。若いうちは誰だって悩む。悩むということは自分の違和感と向き合ってることでそれを打破するには人と話すということ、非日常に身を置くこと、考えを文字に起こしてみること、考えすぎずやってみることだなと24年間で感じている。Agasuke Houseは普通のサークルと違っていて普通の学生団体とも違っていてはたから見たら超意識高い系の団体と見られてるような団体だと思う。ゲストハウスという拠点を持っていていろんな人が泊まりに来るし、教育に力を入れていて高校を巻き込んで授業の一環として僕らのワークショップをお金をいただいて実施している。客観的に見ればゲストハウスと教育をやっている団体だろうけど、僕にとっての捉え方は異なっていて2つの要素がある。1つ目は僕ら代表の子、他のメンバーが様々な活動を通して培ったスキルや知見、人との繋がりを共有しデータを積み重ねていき、後輩に受け継ぐことで後輩を育てる教育機関であるということ。2つ目は、組織運用における実験室であるということ。現在OKR(Object:目的, KeyResults:達成目標)という指標をチームごとに決めて動いている。これは日本でもほとんどの企業がまだ取り入れていないシリコンバレーで最近生まれたマネジメントの指標。そんなAgasuke Houseだが、悩むメンバーが多い(特に新しく入ったメンバーは)。入ってくるメンバーは特殊な団体なので入る前に一人一人面談をしてその中でもキラリと光る(好きなことに没頭できる力やワクワクしたものに挑戦できる力のある子)学生だけを選ばせてもらっている(昨年は25人ほど面談をして10人一緒に活動したいと入ってもらった)。『自分がAgasukeで何ができるか?何をしたいのか分からなくなりました』そういう声が多い。あの面談でこういうことに興味があってこういうことをしてみたいと話してくれたことは嘘だったの?と思ってしまう。自分は何もAgasukeでできないからしたいと思うものがないからと辞めたいという子が今期は多い。まだ何もなし得てない子たちにAgasukeでできことばかりなのは当たり前だし、まずAgasukeでこれをやって欲しいということをしっかりやって欲しいなと僕は思う。でも、その前に一緒に悩んで相談できる仲間が友達がAgasuke内にいない人が辞めたいと言う傾向にある。やりたくないようなことでも一緒に楽しくやってくれる仲間がいれば何とかやってみてキツかったけど達成感を感じて山を登って振り返って見ると自分はこんなに登ってたんだなと気づくように我武者らに仲間と山を登る体験を僕はAgasukeでできる大きな価値だなと思っている。だからこそ、やはり今回の反省としては合宿に向けて新メンバーで構成されたチームで何か制作して成果発表の場にするべきだった。先輩がいないチームで新メンバー同士試行錯誤しながらお互いを理解し親睦を深めるのは本当に大事。合宿後の春休み前に何かしらみんなで創り上げるイベントがあるべきだなと。それを通して春休みに様々な地に飛んで好きな経験をしてそれを新学期にみんなで共有し6月頃のSYPやジモト大学に挑み、8月の合宿で半年の自分の成長をプレゼンしてお互いに成長を褒め称えもっといけるんじゃないの?とかここもう少し考えた方がいいんじゃない?ってFBし合う。そこでAgasukeの関係性素敵だなってなって10月の新メンバー説明会に向かうという流れがやはり大事なんだろうなと感じた。僕は岐阜にいてみんなのサポートしかできないし、それ以上のことは僕は厳しい。僕はみんなが楽しくAgasuke生活を有意義な学生生活をEnjoyして欲しいから僕は関わっているし、純粋にメンバーの子たちと話すのが楽しく成長というか心境の変化を感じられるのはおもしろいこと。そして、自分の対話力向上にもなるので続けているけど正直僕が時間調整して面談するっていうスタイルにも疑問を持っている大学院では面談したい人に自分で連絡して何か話したいことを持って話しているから全てが受け身何だろうなと僕らがメンバーの子たちを受け身に育てているのかもしれないなと感じてもいる。色々書いてけっこうスッキリしたので、これで終わりにするが、正直僕が学部生2年生の時にこんな団体があったら最高によかっただろうしもっと先輩をいい意味で使い倒していただろうしそういう意識が根本的に新メンバーと違うのだろうか?みんなが何年か後に振り返ってみてAgasukeってすごくいい環境だったんだなって思うとは思うのだけれどメンバーの子たちは僕らがこんなに悩んでるとも知らずに辞めたいって軽々しく言ってないはずだがそう言うことには一応Agasukeでは親のような立場の僕には悲しく、そして鋭利な刃物のような一言なんだ。

 

<今日の一枚>

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大学院の恒例行事。一人一人、自身の過去・現在・未来を決められた壁に表現するという課題。Agasukeメンバーで合宿中に語りながらみんなでつくるとどう違うのだろうか気になる。

 

愛とは何なのか。

今日は例のあの人と会う日だったのだが、結局あっちの予定が合わなくなって今その想いを日記にしたためている柴田犬。

 

4年前の3月に付き合って昨年の10月にお別れをした彼女が僕にはいた。周りの人には徐々に伝えて入るけれどまだ親には伝えていない。毎回電話をするたびあの子は元気かと言われて大変なのだが。やっぱり親にはまだ言えないという裏にはまだ復縁できると強くずっと願っているからだろう。お別れをした時に一時帰国する予定の4月にまた会おうと約束をしたからだ。あの子が僕自身のことを好きかどうかわからなくなったと言われてその原因も研究室が忙しくなって連絡取りづらくなったこと、研究室のメンバーと仲良くなって今までは僕以外の男の人に見せたことのないような”甘さ”を無意識に見せてしまったからか研究室の2人の男性に告白されたことがきっかけで今まで僕以外の人から想いを告げられたこともないしこのまま僕だけと付き合っていれば将来絶対浮気すると。アフリカにいる期間は自由でいたいということだった気がする(その子は昨年の10月から今年の9月までアフリカに留学中である)。そう言われて僕自身戸惑ったし、そう言われた僕は抜け殻のようになってしまったのだ。昨年は厄年と重なってか祖母が亡くなり、その影響で母も精神が不安定になるし、そして彼女との関係性も不安定なものになって僕は正直苦しかった。それと同時に大学院で自分は色々と手を出して本当の自分を見失い何をしたいのか分からなくなっていた時期でもあった。今思い出してもあの頃は本当に自分の人生で一位二位を争うほど苦しかった。その不安定な関係性の中にいる自分が言葉で表せないほど辛く何も手がつかなく見るのも苦しいはずなのになぜかラブストーリーの映画やアニメを見るのに耽っていた。周りや先生からも元気ないねとか進捗ないけど大丈夫かと呼び出されたりとかこのままの状況が続くなら好きという想いがあってもお互いを破滅に導くのならいっそのこと別れようと僕は別れを告げた。別れを告げた時の瞬間は鮮明に覚えている。一時帰国の4月までお互いは連絡も取り合わないし別れてるんだから他の人が好きになったら好きなようにしていいと約束をした。お互い涙の中で今までありがとうって言ったあの空気感は側にいたらきっと強く抱きしめていたのだろうと思い返しながら。電話が終わってからもしくしく泣きながら新たな生活になるんだなと決意をしてもやっぱり男はうじうじとこれまでの思い出に浸る生き物だなと感じる日々を年末まで過ごした。あの子がアフリカで頑張ってる姿をインスタで毎日眺めながらブログで日々の想いを読みながら、ふとあの子が頑張ってるから僕も頑張ろうと思えるようになってきたのが年明けから感じれるようになった。(あの子のブログ↓↓気になれば見てみてください〜素敵な写真と共にウガンダと何やってるか分かると思います。)

ugandacowcowdiary.hatenablog.jp

知らぬ間に4月に会えるということを僕は楽しみにしながら一方で、Twitterでアフリカの男性と手をつないでいる写真をカバー写真にしていて今までそんなことしないはずなのにと動揺していた僕もいるのでやっぱり好きなんだなと思いながら、恐いけど早く会ってお互いの想いを確かめたいと思っていた矢先に昨日結局予定が合わなくなってしまって会えなくなったと言われた。もっと早く正直ストーカーのように毎日インスタチェックしていた自分はいたしあの子のことを考えていない日は本当にほぼ無いと思う。そんな風にギリギリにリスケしたいと言われて僕はそんなにもう僕のこと大事にしてないんだなと改めて感じたしあの子の中では自分が世界の中心なんだなとまぁ僕がカンボジアにいた時の態度もそうだったのかもしれないしあの子もこんな気持ちだったのかもしれないけれど。僕だってそんなに待てないのよ。素敵な女性は周りにもいるしインターン先にだっていたし、一時期出会い系も研究の一貫と乗じてやってみたしでも一歩踏み出せないのはあの子がいるからであって、早く僕は答えを求めている。すごく女々しい男だと思うけどこれが僕だしあの子がいたから僕は僕になれたと思っている。あの子との関係性をしっかり白黒つけることが僕にとっては何よりも大切なことだ。他の人と付き合えばいいだろとか軽々しくいうけど僕にとってはあの子が僕のパートナーだとずっと思ってるし、まぁ男だから度々いろんな女性と変な妄想したりはするけど笑。僕はあの子との未来は絶対遠距離として生活することになるだろうと思っていてもすごく豊かなものになるだろうという確信があるからだ。結局4月29日にテレビ電話で話すことになったけどどうなるか分からない。でも確実に言えるのはあの子と出会って僕は愛を知って愛が分からなくなった。あの子と出会って誰かのために活動をしてる訳ではなくてあの子のために何かを頑張ってたあの子が僕のモチベーションなんだと。僕にとっての愛とは「楽しい事も苦しい事も一番に共有したいと頭に思い浮かぶ対象で側にいなくても一緒にこれやったら楽しそうとか考えてしまってずっと一緒にいたいといて欲しいと心から思えるということ」なのかなと僕は思いながら、これから僕にとっての愛という定義は僕の中でも変わり続けるだろう。でも、こんなに想える人と出会えてるのは本当に素晴らしいことだなと僕は思っていて結末がどうであろうと僕は後悔しないので、あの子の言葉を4月中は待ちたいと思う。

 

<今日の一枚>

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「父は幸せになる秘密の方法を教えてくれた。一つは、皆するように一日一日をただ普通に生きる。でも、そこで二つ目は父のプラン。その毎日をもう一度、全く同じように過ごしてみろと父は言った。最初の時は緊張や心配で世界がどんなに素晴らしいかわからないけど、二回目はそれに気付くんだ、と。」「二回目のチャンスはないと思って人生を生きよう!」by About Time

 

構想の展示が終わり

安堵感と悔しさと焦りと嬉しさと入り混じる柴田犬。

 

二日間の展示が終わり、今回は結局年次とあまり変わらず次つくるものの提案とぼんやりとだけど今言える範囲のことを伝えた。本当は新作をつくって外部で体験してもらい外で体験してもらったことを映像としてみせたかったし、本当に構想発表のための展示になってしまった。それでいいんだろうけど誰よりも早くもっと展示としての最大化をすべきだったなとソフト面とハード面におけるアイディアの構想段階で妥協してしまったなとインターン行ってたから結局間に合わなかったといえば許されるような。でも伊村さんがしっかり年次と「あまり変わってないし進んでないね」っていう一言でわかっていたが心がえぐられ悔しかったが一方で救われた面を感じた。展示は年次でもそうだけど他の同期と比べてめっちゃ議論として論破させられるまでいかないしめっちゃひどいこと言われることはないのは僕自身がその域に達してないのだろうなと思いながらもある意味先生方は少なからず評価をしてやりたいことを汲み取ってくれてるのはすごくわかる。今日事務局の森さんと話した時にも思ったけどこんなにもくだらないものを真剣に見て人生で培った経験や知識からアイディアやリファレンスを絞り出してくれる先生方は何を言われようとも感謝しかない。日本においてこの大学院というものを守る必要があるという意志はすごくかっこよかったし、この大学院を成り立たせるためには尖った先生陣と尖ったことをしたい思うある一定数の学生がいて成り立つことだなと思うしこの大学院という文化は決して無くしてはいけないし存続させていけるのは僕たちの成長あるのみだなと。

 

展示中メモを見返さないでも印象的なのはやはり美輪さんの「なぜこれじゃなきゃいけないの?」「なぜこれがその問題意識のために有効なの?」「これじゃなきゃダメだ!」っていう理由とコンセプトをもっと明確にして欲しいということ。でもどうしたらコンセプトやストーリーが生まれるのかやはり分からない部分ではある。そこがこの作品では一番大事だしこの半年苦しみ続けることなんだろうなと。美輪さんを前にしてベストな回答ができるようにしたいという目標がまた増えたのはいいこと。結構赤松さんと似ていることを言われたこれがベストだって言い張れるものが知らず識らずのうちに僕自身の本当の作品になっているのかな。他のものと対比させながら見えてくるものなのだろうか?それがないとそう簡単に人は納得できない。なぜこれじゃなきゃいけないっていうことをしっかり言えるためにはもっといろんな分析が必要だし。質問されたことに一つ一つしっかり答えられないと作品の説明にならない。だからこそ自分自身が結構無意識的に感情のままにつくったものをシヨンさんが言ってたみたいに素材とか形とか言える範囲でいいからもっとなんで?なんで?とぶつかっていく必要がある。全てに答えられることがそれを通して僕というものを客観的に洗い出す行為なのだろうか?ものとしては情けないものであってもコンセプトとしてはしっかりうちだしたものでないと作品としては認められないってことですね。

 

また、赤羽さんが言ってた「研究なのか、活動なのか、作品なのか分からない」ということは僕自身の活動と離れてしまっているように見えていたそうでただ屋根を置くだけに見えて僕が介入しないのではないかと。でも僕は、ファシリテーションの大切さをやはり理解はしたしずっと側にいて僕がささえてハウスを通して個人化社会や儀礼的無関心を参加者に問う機会を与えたいということ。デザインというアプローチではなくアートプロジェクトというものでこれをやったからって大きな変化が生まれるわけではなくこれをこの世界に必要なものとしてインストールしていきたいわけでもないのでこれをアートプロジェクトたりうるものにするためにはもっとファシリテーションの中身を設計する必要性があるししっかり中身含めて構想していく必要があるよね。でも、デザインではなくアートプロジェクトという軸をしっかり伝えることで僕の作品の見方が変わった瞬間を感じ取れたしデザインをやられてる人からみたらどうなのかもっと詳しく聞きたい部分ではあるなと面談してみたいね。

 

<今日の一枚>

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展示風景

 

妄想が広がる日曜。

満開の桜が散り始めたそんな日の柴田犬。

 

構想発表展示二日前にようやく一番展示に重要な今後の作品としての方向性について着手し始めた。ささえてハウスの改善点や不満足な点を洗い出してみると見えてきたのは見た目がというよりは関係性を生みにくいという点につきた。参加者が出入りは自由でないし、よくわからない見た目や参加者が内向きに円になって外側から見たら混ざりにくいのは当たり前だ。いい点や残したいポイントとしては移動可能であるところ、体の一部が拘束され他の人の身体性と同化しているところだ。つまり、モビリティを活かしながらより参加したくなる仕掛けとして最初っから参加者は頭が固定されるよりは作品の意図に賛同している人が頭でまず屋根を支えていて円状のバーテンのような感覚で中央で屋根を支えてる人と話す。話しながらこの作品のことを共感してくれる人が現れたら中に入って他の人と話してもらう。神輿のように役割を決めてだんだんと中の支えながら他の人と話す人が変化していく、出て行った人はどこかで今日の出来事を話すだろうそこにミンウェイさんの「ひろがる花園」のようなきた道とは違う道で帰って花を渡したいと思った見知らぬ人に渡すという行為のような物語性のあるものを付与させていきたい。どうしたらその「ささえてヤタイorツムグヤ(仮)」にフランシス・アリスのようなリー・ミンウェイのような物語性が生まれるのかな。作品を通して人との関係性が紡がれていく様子を映像として残す。それがドキュメンタリーというものになるのか詰めていかないといけないけど、参加者がただ体験しただけでは僕の装置のよさは100%感じられないと思っていて自分がそうだと思っていてやはり関わるのが人だからそこで生まれるドラマというものは一度たりとも同じことはない。だからこそ面白い変化が起きた時や面白くない時だってあるということをリアルに他者が見て「関係性ってつながりって何なのだ?」と考えるきっかけに見て体験して問い直して感じられるものにしたいのだ。卒展の展示では実際に行った場所を表す日本地図、実際の体験を表す映像、体験者の写真と感想・あなたにとってのつながりとは?(仮)が書かれたものが壁に貼られている。体験した後で実際に見た人もそこに書き加えていく。日々関係人口が増えていく感覚が大切だ。

 

そんなことを考えながら、なぜかこの作品はわからないけど大作になる予感がした。よくわからんけど。久々に妄想するとワクワクするやっぱり怖いけど。1人じゃなくてその土地にいる人に助けてもらいながら活動していきたい。この作品はしっかり胸張って自分の大作にしていきたいそうなればきっとささえてハウスのように誰かから認めてもらえるはずだきっと。映像を撮って映像にハマるかもしれないし僕はやはり可能性の塊だし新しいことに挑戦する勇気というものがこの歳にもなって軽い一歩でできるのはありがたいことだ。来年どこにいるか分からないが、必ず卒業してその時に僕がやりたいと思ってなおかつおもしろい街に住んで、その時やりたいきっと新しい関係性を生む作品をつくるのだろうし、ストリートエンタメをつくって路上にゲリラ的に何かしてるのかもしれないし、映像に目覚めて映画を撮ってるかもしれない。でも、一言言えるのはやはり今の自分の興味関心や違和感に逃げず忠実に向き合って問い、つくり続け、世に出すということを辞めないこと。ささえてシリーズで今年一年有名になってフリーランスとしていろんな地域アートに出店したりゲスト出演したりしてるかもしれないし笑 でもゆくゆくはアートとソーシャルインクルージョンで誰もがイキイキと楽しめる場を生みたい。そんな活動をしながら大学教員として教育にも携わり研究としても活動しながらできればアーティストのようにいつまでも力いっぱい悩み苦しみ楽しんで表現し続けたいそう僕は妄想した日曜の昼下がり。

 

<今日の一枚>

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新歓ライド

 

いい時間。

入学式で新M1と会って今年度がさらに楽しみになった柴田犬。

 

今日入学式でまた大好きな学長の言葉が身に染みた。

 

ここで言う説明とは単に他人を説得するための手段などではなく、自分の作品や思索をこの人間の社会に登録し、それを、他ならぬあなた自身のものにしていくプロセスなのです。それがこの大学院における「論文」の意味です。

みなさんの研究がこの世界に何を求め、どのような価値を実現したのかを誰よりもまず、みずからに問い質すことが求められているということに他なりません。さらに、それを説明する「相手」とは、教員やあなたの身の回りの人たちでだけはなく、一生あなたと出会うことのないこの地球上にいる様々な人々、そしてもう、そしてまだ、この世にはいない人々であるべきなのです。なぜなら、実際には決して会えないそれらの人々を前にして、彼らを自分の都合のいいように説得することなどできないからです。ただ、自分自身の心の中で彼らと対話を重ねながら、一つずつ自分の言葉を見つけ出し、それによってあなたがこの大学院で「やってみせた」作品を説明してほしいのです。

 

まさしく構想発表に向けて今できる範囲での言語化が求められる自分に対して

ぐさりと心に来るものがある。路上という不特定多数の人に対して行っていく自分の研究ではこの大学院という小宇宙で完結するおもしろいと思ってもらうだけでは決してダメだなとずっと思っていて、実際に会えない人のことを意識してつくり続けることは本当に難しい。だからこそ、実験と言語化をこれからは定期的に求められて意見をいただける場があるということは苦しいことだけど素晴らしい機会だなとつくづく感じる。

これからの構想では赤松さんも言ってたように自分が今話したいことを議論する場であるべきだし否定され罵倒されるが恐いけど果敢に評価されにいくという姿勢そのものが僕はアートなのではないかなと感じる。地域アートの本を読みながら印象的だったアートは批評されてアート足りうるという言葉が思い浮かぶ。だからこそ、僕は悔いのないよう展示まで踏ん張って、尚気楽にアイディアや言語化に励みたい。

 

優れた音楽がいつもそうであるように、ぼくは、地球に生まれ、限られた時間を生きる人間の「自然で無駄のない」あるいは「明晰で理にかなった」営みは必ず美しいものであると信じています。それがこの大学院で「アート」と呼ぶものです。あなたがこれからやろうとしていること、それだけではなく、この世界で、そしてあなたの身の回りで起きている様々なことが本当に「美しい」ものかどうかを、この「小さな宇宙」にいる間だけは、いつも考え続けてほしいと言いたいのです。

 

自分自身の好きなこと嫌いなことは日々問うことで見えてくるし自分自身というものがその問いかけの蓄積から大理石を削ってギリシャ神話の彫刻が生まれてくるように自分が露わになってくる感覚はある。それと共に、この1年は身の回りにあるものから感じる「美しさ」をより言語化していきながら「美しさを問い続ける』ことを意識したい。それが感性を磨くことであり、この様々な情報や物が溢れる時代をこれから生き抜く大きな力になると僕は教えられてると感じているし自分自身が特にそう強く信じているからだ。

 

 

 

www.iamas.ac.jp

 

 

 

www.iamas.ac.jp

 

入学式後は、

加藤先生と会って大垣の街をぶらぶら全然街のこと1年もいるのに知らないことばかりだなと改めて感じたし、自分の作品に対して感じていた強制さである参加したら出にくいという面を何かで解消できればなとお神輿は担ぐ人がいい具合で入れ替わり立ち替わり酒をついだりイカを配ったりということで疲れないということだった。それはすごくいい視点だなと感じた2時間だった。あまり話せなかったから合宿でくる際にゆっくり話せればなと思う。

 

そして、新入生歓迎会楽しかった。今年のM1のユニークさはすごく興味深いし女の子と話せたのは嬉しいな。一緒に自転車とか移動体芸術とか活動できそうな人がいるのは嬉しいことだな〜 そういえば自転車のチラシでいろんな人と絡めたのはよかったな〜 そこは感謝でした。それよりも久々にM2のみんなとけっこう話せたのは嬉しかったなん〜

 

<今日の一枚>

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春が来たね

 

インターン最終日

インターンへの愛が溢れてる柴田犬。

 

熱意を伝播できるのがリーダーだ。

最終日に感じたこととして大きな気づきってのは僕自身がコトハナに入りたいと思っていること。どこかコトハナなんてとか僕の方が割とできるやんとか思っていた自分が正直いた気がする。Studio-Lの方がいいだろとか僕がやった方がもっといい感じになるのにとか今日の報告会で全くそう思わなくなった。田中さんのトークはしっかり適切に伝えていたし、あさひさんの柔らかでポイントを外さないけどたまに抜けている司会のよさ、岩田さんの愛、ひろろんさんのはつらつとした雰囲気に非常に惹かれた部分はある。そして、会中に感じた温度感すごく僕が大事にしていたような温度感に洗練さを加えたものだった。会員さんの生の声を聞いて改めてひとしごと館の意義を心に焼き付けた瞬間だった。僕自身がイベント準備までめっちゃめんどくさいこと多くて嫌だなと思っても当日イベントやってきてくれた人が本当に楽しんでくれる姿や声を聴くと感動してしまってやってよかったな価値あるんだなと思っていたことを思い出した。ひとしごと館はそういう感覚なのかなと感じて、会員さんや関わってくれてる人の声が原動力になるんだなと

 

そば中に話したコトハナの求人100倍近いということ恐ろしくびっくりした。自分が思っている以上にコトハナは魅力的なんだなとインターンとしてスタッフに関われたこと感謝した。好きと楽しいは別なのはわかるな~と デザインを仕事にしながらアートを製作発表し続けられる職場でなおかつおもろい地域で暮らしたいなって今は思っている。岩田さんですらルーティンに疲れることはあることに安心した。岩田さんは谷の時は会員さんの暖かな言葉とか来れてよかったという声でモチベが上がるってことは僕と似ている。

 

大きく変わったこととしてはコトハナ という組織で尼崎という地域で住んでいくというビジョンが見えたということかな

 

改めて長期的に活動し続けていくということへの価値

 

コトハナのクレドに幸せな仕事環境をつくっるというものがあるからこそ豊かな生き方ができてるんだろうなと

 

僕はお金目当てで働かないけれど僕はお金宛で働かないけど、ちょっと気にしているってことは人の目なんだろうなと

 

岩田さんが僕のことを風の人だなということと人徳があるなってたった3週間だったけどずっと前からあってる感じがしてこれからもすぐ会えるような感覚に人を陥らせられるってどういうことなんだろうか

結構久々に感動している感覚がこの日記を書きながらも感じている。

 

<今日の一枚>

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3週間ありがとうございました

 

インターンの日々②

毎日毎日しっかり感じたことをまとめることの大切さに気づいた柴田犬。

 

3月15日

浜甲子園に行きHITOTOWAさんの見学に行った。ビジネスとしてしっかりコミュニティデザインをまわしているのが素晴らしいなと感じた。個人事業主がチームになった感じの組織だった。これは西川さんからStudio-Lもそういう組織だと聞いていたので自分で稼げない人は稼げないということだったHITOTOWAさんも中途採用の方でまわしてるとのことだったので、そういう界隈なのだろう。そう考えると本気でコミュニティデザインをしたいのであればファーストキャリアとしてコトハナさんにお世話になるのはありだろう。でも、ことごとく僕はあさひさんに海外のNGOとかで働いたりするのかとかすごく海外押されてる笑 HITOTOWAさんでおもしろいなと思ったのはイベントをいろんな角度に切っていくことで集まる人が偏らないように努力していたこと、団地に住んでいる人が何か一つでも参加したいと思えるように最初はいろんなイベントをやっていってその中でこういうイベントやってと言い始める人にはその人たちがイベントを自走できるように並走していく。そしてそういう人を増やしていくことで行く行くはHITOTOWAさんがいなくなっても面倒な事務作業を有償ボランティアが行うだけで回る仕組みをつくっていくということだった。団地ならではの利点としての1世帯ごと毎月共益費として500円いただく仕組みはずるいなと感じた。つくりたいコミュニティ像として、『困った時に助け合える楽しい関係』『しがらみと孤独の間』『参加しない自由があるもの』だった。やはりどこにおいてもちょうどいい関係性が今は求められている。ちょうどいい関係性ってなんだろうか?よんななは疲れるコミュニティだもんな〜

 

そのあと、しーさんの家で鍋パ。清田さんの奥さんのまきさんと3歳のけいちゃんやスーパープレゼンテーションに出てしーさんと知り合った19歳ののぞみちゃん、しんちゃん、北海道のえりさんが来てくれた。しーさんにも将来的に何するん?と聞かれた時に自分の組織持ちたいんですよねって言ったら、やっぱりと言われるし、すごく賢いよねとか24歳と話してようには思えないとか言われて嬉しいけど賢く見られるのは嫌だな〜 本当はアホな感じで言うところはしっかり言う人に思われたいんだけどな〜笑 鍋パでやっぱりしーさんと話してやっぱり考え方が似てるなと日本人の若者はできるだけ早く海外に行くべきだ!って言うし、すぐ何か始めるときは日程だけすぐ決めちゃうのはやはり活躍されてる人の共通点。行きたいときは行きたいしやりたいときはやりたい。それは間違いない。しーさんや尼崎で開催されてるサマセミとかミーツ・ザ・福祉にやっぱり参加してみたいなと改めて思った。しーさんは僕の新しい星さんポジションの人になりそうだ。

 

3月16日

森さんイベントにおける打ち合わせにおいて、あさひさんからイベントに関わったりいろんなプロジェクトに参加する際に個人的な理由というものをいつも大事にして欲しい言われたことが非常に印象的だった。Agasukeでいつも後輩に言うことを僕は忘れてるわけではないけど改めて人から言ってもらえたのは嬉しかった。特にNPOとか誰かのための活動はこのことを意識すると言っていたのであさひさん自身も結構何度も問い続けたのだろう。
 
日東地域において確かに誰がリードしているか分からないような感じだった。ひとしごと館として関わった意義があまり見えてこなかった。しかし、日東地域の人たちにとって若い人達と一緒に試行錯誤してやっていくことですごく生き生きとされて来年度に向けてもっと他の広報誌とか読んで調べてみるなどモチベーションの向上には繋がっていたのだなと思った。あさひさんが仕切りにハンドリングを失敗したとか言っていたがそうなんだろうなと感じたけど、全く意味ないわけではないはず。しかし、あんなビジュアルにどうやってできるのだろうかすごく謎だった。敢えて地域の広報誌風にしてるのならそれはそれで天才だなと感じた。すごい皮肉っぽいな笑

 

松下さんにインタビューしてこれほどまでにひとしごと館で生きがいを見つけて今後もひとしごと館が長く続くようにサポートしていきたいとおっしゃっていて、1人の人に対してこんなにも大きな影響を与えている仕組みであるということに改めて魅力を感じた。
 
 
<今日の一枚>

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日東地域